2008年6月7日土曜日

母の仲間

ちょっとうれしいことがあった。
ここのところ落ち着いている母だが、仕事の終ったあと、顔を見に行くのを日課としている。大概夕飯が済み、ベッドに入った時間になる。

それは何時かというと6時半ごろ。はやい!

寝るしかないでしょ、と言われるとグーの音も出ない。

でも、今日は違った。食事の後、部屋に戻らず、テーブルのところにいたのだ。

「どうしたの?」 「今日はご飯が大盛りで胸やけするから、起きていた」
安定剤をヤクルトに混ぜて飲ませようとしたが、お腹がいっぱいだからいらない、と拒否。

「ご飯が少ないんだよ。私はいつも7分目ぐらいしかよそってもらってない」とこぼすので、先日「母は田舎者でご飯が好きなんです。結構多目によそってください」と職員に頼んだ。
大体、都会ではご飯は少な目によそる。常識だ。まして年寄りの女性はそんなにたくさん食べないと思われて当然。

施設はたくさんの人が交代で詰めているので、みんながみんな同じように待遇してくれるとは限らない。会う人ごとに、これからご飯は多目にしてくださいね、と頼んできた。

効を奏し、ほぼみなさんに母の要望が行き渡ったらしい。パンのときもあるが3食ご飯のときもある。それが一様にたくさんのご飯を毎日よそってくれる状態になって、いささか多過ぎた? 「すみません、ご飯が今度は多すぎる」と言ってます、とまた頼む。

「そうですか? じゃ、ほどほどにしますね」 「あ、もしよかったらその都度本人にこれぐらいでいいか、聞いてくれませんか?」 「そうですね。それがいいですね」
一件落着。昔の人だからよそってもらったご飯は残すことはしない。

そのやりとりを聞いていた前の椅子にすわっていたおばあちゃんが、この人はおとなしいね。なんでも言ってもいいんだよ、と話しかけてきた。

前の席だから母には聞こえない。耳のそばで話すとわかるがそうでないとほとんど聞こえていない。でもわかったようにうなずくだけはうなずくので、ただ、おとなしい、ととられてしまう。田舎でデーサービスに行っているときも友だちはできなかった。何年通っても慣れるということはなかった。我が家にきたときも、最初は行ったのだが、デーサービスは絶対行かない、と言い張ってすぐに行かなくなってしまった。

職員の人には耳が遠い、ということは伝えてあるので耳のそばで話してくれる。入居者までにはいちいち、耳が遠いからそばで話してね、とは言ってくれない。今日はたまたま私が一緒にいたときに話しかけてくれたので、逐一母に伝えることができた。

その人は、うるさがられると思って声をかけなかったという。

「友だちになりましょう。おしゃべりがきらいでなかったら、今度は耳のそばで話しますからね。うるさかったら言ってね。散歩も一緒に行きましょう。がんばりましょう」

隣でおじいさんが何か字を書くマネをしていた。昼間来たとき、紙とペンを持って、一心不乱に書いているのを見たことがある。あの人はいつも字を書いてますね、と私が言ったら、友だちになりましょ、と言ったおばあちゃんは、「字をかいているのかね?どうかわかりませんよ。でも私もよくわからないからどっちがどうだかね(???)。これで辛いんですよ。ここでは一人ですし」としんみりとした口調。

ここが認知症専門のグループホームでないなら、まったく普通の会話だ。よく知らないからどこまで悪いのかわからないが、なかなかさっぱりした、感じのいい人だ。

がんばりましょう、と握手を求められて、母ははにかみながら握り返した。よかったね、と言ったら、うんとうなずいていた。

ヤッホー、と言いたい気分になった。何とか友だちになれたらいい。
私も及ばずながら力を貸す。

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