2010年2月25日木曜日

4月の陽気?

きょうは暖かな日だった。
自転車で母のところに行ったが、土手を走っても
生温かい風が頬をなでる。

かもや白サギが心地よさそうに泳いでいた。

桜並木をくぐりながら土手を走る。

蕾はまだ固いがこんなに暖かったらあっという間に
開くのではないか、と心配になった。

30分弱、自転車を走らせると母の施設に着く。

前回3日前に訪れたとき、母は絶好調だった。

お昼を食べる間、いやそのときもしゃべりながら
食べている、という感じだったが、とにかく
しゃべり通しだった。
下手に口をはさんだら「そうじゃない」、と即座に否定された。

例によって、息子(私の弟)と孫がお金を持って迎えにくる。
玄関がわからないといけないから、私に玄関まで
行っていろ、という。
今、玄関に迎えに行くから待っていて、と妄想の人と、盛んに応答している。

いつも寝てばかりいる母しか見てない事務の職員はびっくり。

興奮状態が2日ほど続くとそのあとは死んだように眠る。
案の定、きのうは午後1時から夜の10時まで食事もせず一度も
起きずに眠り続けたそうだ。
ときどき心配になって息を確かめに行ったと介護の方。

今日はぼっーとしていた。

ぼっーとしているときは私を叱らない。
私が歯を磨こうと言っても逆らわないでおとなしくしている。

お昼ご飯は黙々と食べていた。

車椅子のK子さんを連れて、階下まで散歩に連れ出した。
ほんとはこんなよい天気のときに何人か連れて外に連れ出したいが
もう一人、お手伝いの人がいないと無理だ。
せいぜい廊下とか違う階に行くぐらい。

K子さんは大正2年生まれだそう。母より9歳年上。
では今年96歳!
驚きだ。耳も遠くないし、認知度もほんの少しおかしいだけ。

私がおしゃべりの相手を、と思っていつも声をかけるのだが、
こちらがおしゃべりの相手をしてもらっているようだ。

今日は戦争の頃の話を少し聞いた。
そのころ、呉にいたと。その前は津和野にいたと。

津和野は観光で一度訪れたことがある、と言ったら
とても喜んでいた。
著名な人がたくさん出ているんですよ、と自慢げだ。

前に山口出身と言われたので祝島のカレンダー
彼女も喜ぶと思ってすでに持参し貼ってある。
カレンダーは楽しいイラストが満載なので
他の人も職員の人たちもみんな喜んでくれた。
ほとんど関心を示さなかったのは母ぐらい。

これから本格的な春に向かって母の興奮度は増していく。

2010年2月20日土曜日

東電交渉報告

私も参加した東電交渉。
報告をしたくても内容の把握がいまいちで
そのままに。
Oさんが手早く簡潔にまとめてくれたのを転載する。

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共の会・東電交渉(2010-02-16)速報

日時:2010-02-16(火)13:30~18:30(頃)
場所:東新ビル108会議室
出席:東電;8名
   共の会;9名
内容:事前に東電に送っておいた以下の項目について説明を聴いた。
   なお、次回開催予定を4月8日(木)とした。

   1.福島第一・3号機(1F-3)プルサーマル;

     東電から「経営上総合的に判断して、云々」という回答が
     あったが、具体的なものが無し。
     当方より、当該1F-3でプルサーマルを採用と不採用で
     コスト比較し、経営上のメリットを示すよう要請。

   2.対話フォーラム(3月6日開催予定)関係;

     1)東電講師派遣拒否;

     東電から、対話フォーラムへの講師派遣を断る理由とし
て、国、県を通じたり、HPで説明をしているから、消
費地への説明も既に十分」という説明がある。
     当方より、消費地の人々への説明は不十分につき、3月
6日まで講師派遣するよう再検討を要請し、且つ、派遣
できない場合でも、少なくとも東電が当日会場での挨拶を
するよう強く要請した。

     東電よりDVD「被災の状況」(1枚)とCM(1枚)を借用。

     2)会場からの想定質問に;

     現地が原発建設適地と東電として誰がいつ判断したか、
     明確な回答無し。

     東電より、各号機の復旧方針は、最初から全号機運転再
     開を決めていたわけではなく、調査の進捗と結果により
     号機毎に判断をしているとの回答あり。1号、5号につ
     いての「いつ、どのように判断」の明確な回答は無し。

     復旧経費について配布資料あり。

     3)当日講師陣からの想定質問に;

     地震学者たちが中越沖地震を超える地震発生を否定して
     いないこと、および、そのような地震の確率も出せない
     現状で、運転再開することについて、東電からは「安全
     確保の努力をする」という精神論的回答のみ。

     建屋の鉄筋コンクリートの安全率はJEACの許容せん断
     ひずみに対して安全率2を使っていると回答あり、
     当方より、強度に換算するために弾性係数を回答
     するよう要請。

   3.柏時刈羽原発の健全性・安全性・再起動について

     1)地下構造、地震現象の解明責任の所在;

     東電より、事業者の責任と考えている旨回答あり。

     2)「残余のリスク」について;

     東電より、日本建築学会の手法に従い、これから行なう
     予定との回答あるも、地震発生確率、機器損傷確率、
     炉心破損確率などの基礎データが必要であり、残余リス
     クの定量的算定が可能か不明。

     3)柏崎刈羽1号機への土砂流入;

     東電より、写真、図で説明あり。

     4)将来生ずる地震の評価について;

     東電より、新しい基準地震動が適切だという説明のみ。
     陸上と海底での断層の扱い方の違い=矛盾=の説明無
し。
     佐渡海盆東縁の海底に断層が続いていないとの判断に
ついても合理的な説明無し。

     5)機器の健全性について;

     地震により応力が弾性限界を超えた機器・配管を
     再使用することへ、東電から合理的説明は無し。
     残留応力を持つ機器・配管の再使用についても同様。
     「真の裕度論」についても同様。
           -以上-

2010年2月17日水曜日

柏崎刈羽原発と地震

3・6対話フォーラム、チラシもできあがり
現在宣伝中。

また、うれしいことにホームページがNさんにより開設。

「柏崎刈羽原発と地震」

今後、それぞれの実行委員によりどんどん充実していくことを
期待している。

次回実行委員会は23日火曜日、場所は3月6日の当日と同じ
渋谷区の消費者センター

ところで今日は東電本社交渉があり、久しぶりに参加。

パックのジュース代わって、ポットのコーヒーになっていた。

暖かいのを飲めるのでうれしい。

東電共の会の参加者は9人。

対する東電側、原子力センターから7人、総務部から1人合計8人。

いろいろ市民側から事前に質問を出していて
それに答える、という形で会はいつも進む。

内容については私は理解できないことがあるので省くが、
聞いていることと答えていることと
ほとんど噛み合っていない、ということは理解できる。

東電の社員はそれなりに専門教育を受けた人たちなのだろうが
まず、日本語の勉強をやり直したら、と言いたい。

わざとなのかほんとにそう思ってんのか?

学校の児童が先生に叱られるようにたびたびAさんに叱られていた東電の人たち。

叱られても叱られても直らないのも悪ガキ並みか?

2010年2月11日木曜日

ちょっとしたボランティア

母のところに行くとき、ご近所の人がついでだから、と時間があえば
車に同乗させてくれる。

何のついでかと言うと、彼女の母親が入所している施設(老健)に
ご飯を食べさせに通っていて、そのついでということ。

食事の介助が必要なお母さんで、施設の職員の方が食べ
させるより家族が食べさせたほうがよく食べるらしい。

何しろどこの施設も手が足りない。
職員の人はあっちもこっちもでやはり家族ほどには行き届かない。
そのお母さんは体重が30キロそこそこ。
これ以上痩せたりしたら即病院行きらしい。
今度病院に入ったらもうおしまいだから、と彼女は必死で仕事の
合間に通っている。

その彼女から、施設はどこでもボランティアを歓迎する、という
話しを聞いていた。

母は寝ているか起きても不機嫌か黙っているか
あまり私が行ってもすることがない。


思い切って、ボランティアを申し出てみた。

事務局のかたは、助かります、手の足りないユニットで昼食介助
などお願いできますか?

と大変喜んでくれたのだが・・・

張り切ってボランティアとして行っても、やることは自分で決めて、
みたいな、ほんとに喜んでいるのかどうかはよくわからない感じでもある・・・

しかし、とにかく食事介助、話し相手、床のカラぶきなど3回が過ぎた。

それでも時間的には大したことはない。
自分なりには母と過ごす以外に毎回2時間ぐらいはみっちり
ボランティアを、と思い描いていたのだが。

何か教室みたいのを考えたほうがいいのかな~

それはムリムリ。果たしてボランティアはつづくのか?

2010年2月6日土曜日

35日法要と大雪


[写真は1月12日撮影 上越市内]








この寒さは何だろう?
我が家は集合住宅8階建ての4階。
夜少し暖房を入れるとそのあと暖房を切っても
しばらく暖かさは残る。

それなのに、昨夜5日はテーブルの足下から
しんしんと寒さが伝わってきた。

今朝のラジオで、新潟の大雪を伝えていた。
特に山沿いでなく、新潟市の積雪状況がすごいと。

葬儀のあった11日もすごい雪だった。
姉たちの乗用車は2時間遅れて新潟に着いた。
イトコは高速バスに乗って長岡まで帰ったが
途中通行止めにあってやっぱり2時間以上遅れた。

翌日はものすごい積雪で
妹の連れ合いと一人息子と、私と義妹と
家にいた4人全員で、悲しみもあらばこそ
雪かきに追われた。

雪かきの終わったお昼ごろ、
私と義妹は帰宅の途についたのだが
大阪方面に行く電車は一時不通、
私が乗ったほくほく線も大幅に遅れた。
やっと乗ったと思ったら途中1時間半ストップ。
除雪車が今出ていますのでおまちくださいとのアナウンス。
私も義妹もさんざんの態で家に着いたのだった。

さて、明日はというか日付が変わったから今日7日、
妹の35日法要だ。
49日を兼ねるという。
檀払いをするそうだ。

一般的に49日はよく聞くが、35日はあまりきかない。
妹の連れ合い(の実家が)浄土真宗だが、必ずしも宗派のせいでも
ないらしい。
お寺の方針なのか。

葬儀の翌日、住職が家にお経をあげにきた。
その後1週間通ったらしい。
ちょうど大雪のときだったから住職の小さな車では
通えず、妹の息子が少し大きな車で毎日送り迎えしたらしい。

義弟の実家では3代つきあっているお寺さんだそうだ。

さてさて、雪が止むことを祈るばかりだ。

2010年2月2日火曜日

3・6対話フォーラムの予定&次回実行委員会


東京電力に聞こう 3・6対話フォーラム
 電気の消費者と柏崎刈羽原発in渋谷

~ ほんとうに安全は確保できたのですか ~
柏崎刈羽から送電されないと私たちは困るの?

中越沖地震で全7機が被災した柏崎刈羽原発

その後2年半をかけて調査・点検が進められてきましたが、
いまだに被災状況の全貌は見えません。昨年12月28日に、
全機の中でも最も新しい7号機がようやく国の許可を得て
営業再開したところです。
この間地元では運転再開をめぐって賛否両論渦巻き、
数え切れないほどの会合や議論が重ねられてきました。
けれどもそれらの苦悩はほとんど消費者に届いていません。
いったい柏崎刈羽原発で何が起こったのか、そしてどうなった
のか、関係者の方々からお聞きし、震災を受けた原発を、この
まま次々と復帰して送電してもらう必要があるのか、消費地
としても考えてみませんか。

 日時 3月6日(土)14時~18時
 会場 渋谷区消費者センター大研修室(300人)
 《渋谷区立商工会館・消費者センター 最寄り駅:渋谷徒歩5分》
 参加費 無料
   
  【講師】
  東京電力・保安院(交渉中)
  元原発技術者/小倉::
  地震学者/渡辺満久
  原発研究者/山口幸夫
  地元住民

主催 「電気の消費者と柏崎刈羽原発」対話フォーラム実行委員会
連絡先 ふぇみん婦人民主クラブ(03-3402-3244)
日本消費者連盟(03-5155-4765)
東電共の会(050-7533-0515=留守の場合はご連絡先を留守録へ)

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次回実行委員会は
2月3日(水)5時半~
渋谷区消費者センターにて
(案内は、ふぇみんで出ています)