2012年9月18日火曜日

みんなの悲願”脱原発”エダNO お彼岸デモ



地元埼玉での エダNO デモ、なかなか参加できなかったが
今度こそ参加したい。


◆ みんなの悲願”脱原発” エダNO お彼岸デモ ◆

日時 : 9月22日(土・休)15:00集合、15:30時出発
場所 : 大宮駅東口(北出口)こりすのトトちゃん像前
     に集合し東口商店街中心のコースを歩きます。
主催 : 原発さよならエダNOデモ実行委員会
(連絡先 090-9332-6166 minekotaka@yahoo.co.jp )
協賛:大飯原発再稼働5人組落選運動

コース: 大宮中央デパート前スタート → 区役所入口右折 
      → 喫茶店エスト左折 → 氷川参道左折 →
      参道交番前左折 → 区役所入口右折 → カモメ
      通り直進 → 旧国道16号左折 → 大栄橋東詰
      交差点左折 → 高島屋前交差点右折 流れ解散
枝野の選挙区 埼玉県大宮から、再稼働を推進した 野田・仙石・細野・藤村それぞれの地元市民と連携 して、民意を聞かない議員の落選をめざします。 モチロン自民党・公明党の原発推進議員も許さないぞ! ※雨天決行 ※自作プラカード、垂れ幕、楽器、鳴り物、仮装など大歓迎。 ※デモの主旨にそぐわないテーマのアピール、宗教団体の  機関紙配布等はご遠慮下さい。 http://datugenpatusaitama.blog.fc2.com/ 参照

2012年9月14日金曜日

基地問題と原発問題 シンポジウム【9月30日(日)】

★台風のため10月1日に変更になりました。

基地問題と原発問題 シンポジウム

大田昌秀(元県知事)×肥田舜太郎(広島被爆医師)
ゲストスピーカー:斎藤征二(元原発労働者)

9月30日(日) 午後1:00~5:00 
入場料:1000円、定員700名
場所:琉球新報大ホール (県庁左斜め前) 電話 098-865-5254
託児室あり (5分前くらいには預けてください) 

大田昌秀:1925年生まれ。沖縄師範学校2年生当時、情報宣伝の部隊に配属、追い詰められて負傷しながら海に飛び込むが奇跡的に助かり、英語堪能の日本兵が終戦をいち早く教えてくれたことがその後の人生を決定づける。早稲田大学卒業後、シラキュース大学大学院ジャーナリズム科修了、東京大学新聞研究所研究員、ハワイ大学とアリゾナ州立大学で1年間ずつ教授・研究。琉球大学名誉教授、元沖縄県知事(1990~1998年)、前参議院議員(2001~2007年)。現在は大田総合平和研究所主宰。著作は共著含め80冊余。

肥田舜太郎:1917年生まれ。日本大学専門部医学科卒業。広島陸軍病院に軍医として勤務。原爆投下前夜、子供の急患で市外に往診に行き一命を取り留め、原爆投下直後から94歳まで被爆者治療にあたる。68年国連の「生存被爆者はすべて健康」という報告に驚き、被爆者の存在を国連に訴えるのをきっかけとし、海外で約250回の講演会を行い、78年内部被曝の海外書籍を初邦訳、5冊の翻訳書と6冊の著作。福島事故直後より健康相談を受け始め、今も全国から鼻血、下痢、発疹、発熱、甲状腺異常などの健康障害の相談を受けている。

斎藤征二:1940年生まれ。1967年より原発建設から15年間各地の原発で配管工として働く。1981年、敦賀原発放射能漏れ事故が起き、直後に国内初の原発労働者の組合を創設、労働条件の改善に尽力する。2003年以降、甲状腺腫瘍、急性心筋梗塞、腰部脊柱管狭窄症、緑内障、白内障のなど、内部被曝が原因と思われる多くの疾病に見舞われている。4歳の時、南大東島で父が戦死しており、戦争の犯罪性、国家の無責任体質、沖縄問題等に子供の頃より強い関心を持ち、戦争問題は、氏の被曝労働問題で闘う姿勢の基盤となっているという。

問い合せ先:竹野内真理 090-4002-3959 mariscontact@gmail.com
※集会の収益は沖縄・球美の里に寄付の予定
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2012年8月27日月曜日

 新潟県十日町市松之山坪野集落~野外舞踏劇‘谷蟇’


2012年8月20日月曜日

子どもや孫にツケはまわさないで

さいたま市議そえのふみこさんの市政報告会ゲストとして、
チェルノブイリと福島の子どもたちの話をした。

「原発について考える第2弾~子どもや孫にツケはまわさないで」
というタイトル。

そえのさんは浦和市議時代から通算すると5期目という
ベテラン議員である。

一度落選しているそうだが、そのときに、福祉施設を作り、
その活動を今も続けている。

彼女との最初の出会いは「原発止めよう埼玉連絡会」発足のための
集まりだった。

チェルノブイリ事故後2年目の4月、故高木仁三郎さんらの呼びかけで
「原発とめよう!1万人集会」なるものが開かれた。
  参考:脱原発法制定運動(ウィキペディアより)

今の官邸前10万人、代々木公園20万人、などという規模から
思えばなんとつつましい数か!

でも、とにかく予定の倍の2万人が全国から集まり
脱原発、反原発運動に弾みをつけた。

そのとき集まった埼玉の人たちで、団体を作ろう、という
ことになり、その年の5月5日に丸木美術館に集合して
第1回目か2回目かの打ち合わせを行った。

そのときはまだそえのさんは市議ではなく、
一市民として、私たちと一緒に動いた。

原発止めよう埼玉連絡会が発足したのはその年の秋ごろだったか。

記憶はあいまいであるが、そのときに知り合った
脱原発の仲間たち、現在、丸木美術館事務局長の
中野さん、静岡県に居を移して浜岡原発を止めるために
活動している東井さん、官邸前や至るところで
出会うさいたま市の堀口さんなどとは、いまだにゆるくつながって活動している。

そえのさんの市政報告会の後、私の出番。
冒頭に私たちの活動の原点を話したところ、
「原発止めよう埼玉連絡会」はどのような活動をしていますか?
と質問が後であった。
まさに今の情勢にぴったりの団体ではあるが、
残念ながら、この団体は10年ぐらい前に解散している。

「原発止めよう埼玉連絡会」は勉強会や講演会、写真展などを
開き、市民の人たちに、日本の原発の状況を考えて
もらおうと、いろいろ企画し実行したのだったが。


「原発止めよう埼玉連絡会」の活動の中から
「東京電力と共に脱原発をめざす会」も発足した。

関連記事を過去のブログに書いていた。


「東電と共に脱原発をめざす会」の窓口を担っていた友 2008.12.9

友のこと 2008.12.9

柏崎市へ申し入れ&友の墓参


ちょっと自分でその記事を探してみてあれから4年も
経ったのか、と驚いている。
まだ、日本が原発震災を起こす前のことだ。

ほんとにあんなに一生懸命に東電の窓口として
市民交渉の場を設定し、交渉を続けた亡き友。
一倍怒りを東電に対して向けていた、友は今の福島の様子を知ったら
なんと思うだろうか。

書きだすときりがないくらい長い脱原発の歴史を私たちは
たどってきたな、と感慨も新たな感じである。

ところで話をそえのさんの市政報告会にもどすと~

彼女の支援者である「自治会のおばちゃん、おじちゃんが
チェルノブイリの今の状況を知って、そして福島の状況を
改めて感じて、原発のことを気にしなければという
思いになったのではないか?」
「帰りのみんなの満足した顔がうれしかった」と
そえのさんの弁。

市政報告会で原発のことをとりあげるのは
珍しいかもしれない。そえのさんと私たちの長い付き合いを知って
それも納得したのではないだろうか。

60人近くの出席者であったが、市政報告会としては
過去で一番ぐらいの人数でもあったらしい。

ひとりひとりが原発問題を自分のこととして
とらえてほしい。

その願いはかなえられた集いだった。


2012年8月16日木曜日

お盆前のできごと

たんぽぽ舎の講演の翌日、8月3日に義母が亡くなった。

このかんいろいろあったので、すでに遠い出来事のような
気がするが、95歳の義母の死は大きな出来事の一つだ。

お経をあげてくれた住職さまがおっしゃるには
いまどき、自宅で亡くなるのは恵まれた人、なのだそうだ。

5日間ほど体調を崩したが、気がついたら息をしていなかったと
いうのだから大往生というべきだろう。

死因も立派な「老衰」。

私の母は今、91歳。認知症はあるがすこぶる元気だ。

それに比べても、そろそろ寿命ではないかと、義母の様子から
思うようになって、2年ぐらい経ったのかな。

同居の長男(義兄)夫婦は大変な日々ではあったとは
察しがつく。

風呂に入らなくなり、着替えを嫌がるようになってから
2年半ぐらい。

最近になってショートスティに何回か通うようになって
風呂に2年ぶりに入れてもらったそう。

本人も気持がいいと、もらしていたらしい。

今年の暑さで体調を崩し、食欲も落ちていた。
便秘もしていた。

でも、亡くなる前日に浣腸をかけすっきりして
その日は朝ご飯も昼ごはんも食べたという。

そして、3時にアイスクリームを食べさせようと部屋に義兄が
入ったら、すでに息がなかったとか。

かねがね義母は自分の母が風邪をひいて数日で
亡くなったのをうらやんでいた。
あんなふうに死にたいものだとまわりの者に
よく言っていた。
あやかったのだから大したものだ。

どちらも同じように、寿命での死を迎えたのだと思うが
片や80歳と少し。片や95歳。

私の友人たちのまわりの両親など90歳台がごろごろ
している。

いまどきの寿命は95歳ぐらいが普通か。

大正生まれの人たちは丈夫だがこの先はわからない。

寿命は昔に戻っていくかもしれない。


今日はお盆の送りの日。

義母の新盆は来年らしいが、義父のお盆は例年どおりだと
いうので、お参りに行ってきた。

彼と彼女が再会するのは49日後?

よくわからないが、まだ会ってはいないようだ。

2012年7月31日火曜日

◇8/2『子どもを守る闘い』-チェルノブイリと福島

                              
 日時:8月2日(木)18:30開場、19:00開演、            
 参加費800円(学生400円)                     
 会場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)        
 講師:向井雪子                                       
 昨年6月、チェルノブイリ子ども基金設立者の広河隆一さんの    
 呼びかけをうけて、未来の福島こども基金を仲間と設立。      
 福島をはじめ東北・関東各地の市民食品放射能測定所開設を支援。  
 今年7月、沖縄県久米島に子どもの保養センター沖縄・球美の設立。
  運営費・保養費支援のための寄付を募っている。 
                                        
『子どもを守る闘い』-チェルノブイリと福島
こんなたいそうなタイトルで話をすることになった。


チェルノブイリ救援の活動は長い。

原発のことをほとんど知らない者が、チェルノブイリ事故のことを
きっかけとして、日本の原発事情も知ることとなった。


知れば知るほど、

日本の原発も危ないのでは?
原爆も原発も変わらないのでは?
核と人類は共存できないのでは?


という思いが強くなった。


とにかく日本の原発をなくしたい、そんな思いが
動機となって、チェルノブイリの状況を伝えるための
「広河隆一チェルノブイリと核の大地・写真展事務局」を
仲間と共に始めたのが1991年の5月。


状況を伝えると同時に、被災者の人たちへのカンパを募り、
救援していこう、と、写真展事務局より遅れること数か月、チェルノブイリ
子ども基金が発足し、その専従になった。


以来、ボランティアだった時も含めて延々とチェルノブイリ支援活動に
関わってきた。

子どもを守ると同時に日本の原発をなくす、それが活動の原点だったのに……。


フクシマは起きてしまった。

チェルノブイリの子どもたちの犠牲は生かされたなかった。

これ以上の悲劇は許されない。


福島原発震災被害者の特に子どもたちの病気の発症を
防ぐために、子どもたちを保養をさせなくては、という多くの人たちの
思いが集まって沖縄・球美の里がスタートした。

1回目の保養(親子50人)が終わり、現在2回目の子どもたちが保養中。

たくさんの子どもたちを保養させたい。


まだ、始まったばかりで、施設の運営費がどの程度かかるのか、
わからない部分はあるが、交通費をはじめとして、かなりの費用が
かかることは間違いない。

多くの寄付やボランティアのみなさんの協力が必要だ。


そして同時に今度こそ、第2のフクシマを起こさないために、今できることを
私たち大人は行動しなくては。

というような話を映像を見せながら伝えたい。

7・29の国会大包囲には、手製のメッセージを持参。
その前日、街頭でもらったばかりのうちわを利用。
2枚作って、1枚はshut泊の泉さんにあげた。
この写真はもう1枚の裏表(どちらも表とも言える)。
こんなうちわにも目を止めて、写真を撮らせてください、という人がいた。
やってみるもんだ。


























2012年7月25日水曜日

7月29日はかんしょ踊りでスタート

Shut泊ブログより

14:00        日比谷公園かもめ広場集合 女たちのアピール・集会
             かんしょ踊り  
15:30        日比谷公園集会に合流
16:30        7.29集会・デモ参加
19:00        キャンドルナイト(ペンライトなど)国会大包囲


     一票一揆!女が変える!

      政治もくらしも原発も!

      7.29原発いらない女たちアクション第二弾

6月29日に続き、国会大包囲の7月29日、再び、全国から原発いらない女たちが結集!
そして、福島の鎮魂の祈りと抵抗の踊り、「かんしょ踊り」で女たちが繰り出します。
皆さん、国会包囲の前に、ぜひ、ご一緒に。

浴衣などに着替えが必要な方は、14:00までに、テントで着替えを済ませてください。
あとは皆さんフリースタイルで踊りに合流ということで、ゆるーく、楽しく踊ってアピール!
☆できれば、浴衣、もんぺ、花笠、普段着も勿論  
☆太鼓、笛など楽器ボランティアも大歓迎!

(変更の可能性もありますので、最新情報は、Shut泊ブログ
原発いらない福島の女たちブログで確認を。



 誰でも踊れるかんしょ踊り 
 かんしょ踊り上級編 http://www.youtube.com/watch?v=nVvRXv8sb8o